書籍・雑誌

2018年6月12日 (火)

一字の重さ - 助詞・助動詞

 しかも、「小さき活字を」とやると第五句は第四句に吸収されてしまいます。その結果、一首の力が急に弱くなってしまう。ただ読んだだけということだけしか残像として残らず、「何を」という大切なものが意識の表層から隠れてしまいます。「小さき活字」と「を」省くと、結句が倒置法として独立して、「小さき活字」のイメージが立ち上がり、印象が強くなるのです。
 これは「を」を省いたほうがいい例でしたが、次の一首はどうでしょうか。
   黒潮の流るる海の彼方より海を持ち上げてのぼる太陽      黄 得龍

助詞の「て」や「を」。これら助詞一字を入れるか、省略するかという判断は、文法的に正しいかどうかということだけでは決められない。

 「京都新聞」の歌壇で私が選をしている中の一首。「海を持ち上げてのぼる太陽」の「を」はどうでしょうか。「海持ち上げてのぼる太陽」とした方が破調にならず読みやすい。しかし、私は、あへて「を」を入れて破調にしたことによって、のぼる太陽の力強さがぐんと出たと思い、そのように寸評に書きました。

     - 以上、『作歌のヒント』 永田和宏著 -

2018年5月22日 (火)

お久しぶりです

 二年余りご無沙汰しておりましたブログを再開させて頂きます。
中断していた理由は、知り合いのエッセイストが取り掛かった新作の資料集めの協力に忙殺されていたこともあります。
 著者である黒羽根洋司氏からは新作の御恵贈をいただいた上、本の誕生にあたっては「共に戦った仲間」とのお言葉も頂戴しました。黒羽根氏は、これまでも数冊のエッセイを出版しておりますが、身びいきかもしれませんが、この本が一番出来がいいと思います。
Dsc_0019内容は、錚々たる6人の作家の妻となった山形県庄内地方出身の7人の女性と、閨秀作家:田沢稲舟、文学少女で詩人:菊池リウの評伝です。
興味の持たれた方は、インターネット販売も出来ますので、タイトル『庄内の女たち』で検索しご購入頂ければ幸いです。
 今回は、私が陰ながら関わった本の紹介だけとなりましたが、次回から、また、短歌とNHKラジオ第一の話題を中心にブログをアップしたいと思います。

2013年9月29日 (日)

結句の力 ― オチをつけない

 中休みが長くなりましたが、永田和宏さん著『作歌のヒント』がテキストの記事です。今回の記事は、私なりの解釈と結論を述べますのでテキストの文章とは繋ぎ方や語尾が違います。ご了承ください。
 『作歌のヒント』では、“第二章 形式を使いこなす”のタイトルの項になっています。

― 短歌は5句三十一音からなっているが、どの句が一番大事かなどには意味がない。しかし、歌の失敗の多くは結句に由来している事が多い。まことに結句は難しい。
 結句での失敗の原因の傾向は、「結句で理屈をつける」「辻褄をあわせる」「上句で言ったことをくどく繰り返す」「余計な感想を付け加える」「情の絡んだ落ちをつけて浪花節になってしまう」など。どれも、「これだけでは読者にわかってもらえないのではないか」という不安からくるものではないでしょうか。
 近代の歌人釈迢空、国文学者の折口信夫は、
   地にわが影空に愁の雲のかげ鳩よいづこへ秋の日往くぬる   山川登美子『恋衣』
 という一首をあげて、次のように言ったことがある。
新詩社時代の女の人たちは、かういふ口から出まかせと見える歌に長じてゐた。さういふものが出来るまではかふいう事を詠まうとは思はずに、言葉を並べてゆき、そして最後に近づいて、急速に整頓せられる。速魂が入つて出る訳で、まあそんな歌が多かったのです。        「女流の歌を閉塞したもの」(「短歌研究」1951年1月)

 私にとっては耳の痛い内容の話です。私の歌も言い過ぎたり、選んだ言葉に酔う傾向があります。読者からすれば、「そうですか、それで、それがどうしたの」という感じになっているのでしょうね。
 自分のイメージの押しつけや言葉に酔った姿を晒すのではなく、読者の方に身を委ねるような歌が良いのかもしれません。と反省点は解かるのですが、それを活かせないことにも問題があります。
 でも、好きで始めた事ですからもう少し続けてみます。o(*^▽^*)o

2012年10月11日 (木)

小さな具体の大切さ

 永田和宏著『作歌のヒント』から記事を載せています。

形容詞で表現出来るような感情語をいっさい使わず、自分の思いや感動、感情をほんのささいな小さな具体で代弁させよう。

 
永田さんが選者という立場で忘れられない歌として「南日本新聞歌壇」から四首

 逝きし夫バッグのなかに残りいし二つ穴あくテレフォンカード    玉利順子

 亡き夫の財布に残る札五枚ときおり借りてまた返しおく       野久尾清子
 
 

 事件あればアップで映る鋭利なる検察庁の庁の字の撥ね     鮫島逸男

 身を伸ばしようやく触るる互いの手日朝会談のテーブルの距離  山口龍子

・・・これら四首に共通するのは、作者の感情、いわゆる形容詞で表現できるような感情語をいっさい使わず、その思いや感動、感情をほんの小さな具体で代弁させようとしているところにあります。・・・

 石庭や日本庭園、盆栽など、限られたスペースやスケール、コンパクトでもその後には大きなものを感じさせてくれます。
 短歌もこのような世界なのでしょうか。身近な心象風景にも深さや広がりがなければいけないようです。浅学ゆえに私の勉強は続きます。
 

2012年9月16日 (日)

女川一中生の句 あの日から

 女川一中の生徒たちが詠んだ俳句を中心に、心の軌跡をたどる「女川一中生の句 あの日から」を紹介しています。編者は宮城県東松島市に住む小野智美さん。
 
 

 小野さんの取材に 「なんで俺は津波をとめられなかったんだ」と自分を責めた句は 〈こみあげる無力感が止まらない〉。
 町の情景を詠んだ作品も胸に刺さる。 〈コンビニのまどにきたない水のあと
 笑って過ごした時もあったことを、忘れたくない。 〈避難所でハエをたたいてじじばば笑顔
 

 あの日から一年半を過ぎても、つらく悲しい出来事ばかりが思い出されますが、最後の句は救いのように思えます。
 バランスで言うと、まだ、悲しい出来事の方が大きく、楽しい事は少ない状況でしょう。この状況が早く逆転する事を祈るばかりです。

 

2012年9月11日 (火)

女川一中生の句

 東日本大震災から一年半となった今日も、『女川一中生の句・あの日から』をご紹介します。

 〈逢いたくてでも会えなくて逢いたくて〉 〈会いたいよ今も変わらぬこの気持ち〉 〈戻ってこい秋刀魚の背中にのってこい〉 

 各作者は少ない語彙の中から精一杯選んだものと思われますがそれだけに感情がストレートに伝わってきます。
 指導した佐藤敏郎教諭も、亡くなるということは、あえなくなるということ。深い喪失感がまっすぐに伝わってくる。と述べています。

 震災で失ったもので人の命だけは元に戻す事が出来ません。それが身内や親しい人となれば尚更つらいでしょう。
 東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を祈るとともに、ご遺族の皆様へのお見舞いを申し上げます。

2012年9月 6日 (木)

女川一中生の句

東日本大震災から1年半になります。
新聞で大きな被害に遭った宮城県女川町の女川一中の生徒たちが詠んだ俳句を中心とした句集が出版されたと知りました。

うらんでもうらみきれない青い海 
見たこともない女川町を受けとめる

十七文字という制約の中、必死に言葉を探して詠まれた彼らの心の軌跡です。胸を打つというか胸が痛くなる気がします。
でも、この句集はなんとか入手して読んでみたいと思います。
 

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