2018年9月19日 (水)

言葉を大切に 俗語の迫力

 

  金輪際なくなれる子を声かぎりこの世のものの呼びにけるかな     木下利玄『紅玉』
 金輪は、風輪、水輪、土輪などとともに、世界の相をあらわす仏教用語です。世界のもっとも深いところに金輪があり、その金輪の際(きわ)、無限に深い世界の涯(はて)を意味します。しかし、日常私たちは金輪際何々しない、などとよく使っていて、すでに俗語と言ってもいい言葉でしょう。こういう言葉を歌に持ち込むのはなかなかに力技なのですが、利玄のこの歌は、金輪際にその悲しさがあります。
 子が急病で亡くなる際、妻が泣き叫んでいる歌ですが、世界の涯に行ってしまうという思いと、もう金輪際会えないと言う気持ち、それが重なりあいつつあるからこそ、妻の悲壮な叫びを「この世のものの呼びにけるかな」と言う表現が生きてくるのでしょう。所詮「この世のものの」呼びかけは、金輪の向こうに行ってしまうわが子には伝わらない、そんな読みを導いてくれます。日常なにげなく使っている「金輪際」という言葉が新しく洗い直されるような気がします。
 ― 以上、 永井和宏著 『作歌のヒント』 ―
今回はいつもの私のパターンとなります。『歌の日曜散歩』うたわらドン・うたわらストーリーで放送して頂いたものです。放送日は2015年12月13日で、お題は、中島みゆきさんの【糸】の一節、「人は仕合わせと呼びます」の歌詞の前に付け加わるあなたのエピソード。
〇食事毎に「あなた方の命を頂きます」。仏壇の前で「ご先祖様、いつも見守っていて下さりありがとうございます」と手と手の皺を合わせれば・・・♪人は仕合わせと呼びます♪
〇昨年長男が高専を卒業し就職。今年は長女が大学を卒業し就職しました。私はこの春まで「学費に仕送りに大変だ」とぼやいてばかりいました。しかし、私に仕事があり、働き続けることが出来た。♪人は仕合わせと呼びます♪
追伸:来年は次女が大学に行く予定です。苦労もまた幸せ、仕合わせがまたやってきます。
 この日は以上の二編を採用していただきました。

2018年9月11日 (火)

第三章 言葉を大切に  俗語の迫力

 藤原定家の大切な歌論書に『毎月抄』があります。その中の有名な一節。
◎申さば、すべて詞に、あしきもなくよろしきも有るべからず。たゞつづけがらにて、歌詞の勝劣侍るべし。・・・藤原定家『毎月抄』
 言葉と言うものはそれ自体、いい言葉も悪い言葉もあるものではない。ただ、言葉と言葉が、歌のなかでどんなふうに続けられているか、その「つづけがら」が大切なのだ、と言っています。どんな言葉でも恐れずに使えばいいのだ、と読み替えることができ、積極的に言葉を増やせという激励ともとれそうです。ところが、その定家が、同じ書の中で次のようにも言っているのです。
◎すべてよむまじきすがた言葉侍るなり。よむまじき姿詞といふは、あまりに俗にちかく、又おそろしげなるたぐひを申し侍るべし。・・・同
 これはどうしたことでしょう。どんな詞でもどんどん使いなさいと言っていたかに見える定家でも、俗な詞は使うなと言っている。古来、歌にはいわゆる歌言葉、雅語が好んで用いられてきましたし、近代以後、現代においても俗な言葉が歌に持ち込まれるのは嫌われます。歌会などでも「それは俗語だから」という批判がよく聞かれます。
 歌に俗語が入り込むことは基本的には避けるべきことです。いったん俗語の塵を払い落して、その上で自分の心情をもっとも端的に表現できる言葉を探そうとする、そこに定型詩を選ぶ意味と醍醐味があるからです。
 しかし、ということをここではお話ししたい。俗語は避けるべきであるが、避けるべきものだからこそ、うまく取り入れられれば、誰もが歌言葉として使っている言葉だけでは迫力がもたらされる場合がある。
       - 以上、永田和宏著 『作歌のヒント』 -
 
 以下は、いつものように「歌の日曜散歩」の採用作品を予定していましたが、今日の地元紙の短歌欄に初投稿、初採用をすること出来たので、こちらをお知らせしたいと思います。私らしい俗語の羅列のようで恐縮ですがご覧ください。

  損失と税収ともに二兆円「ベランダ蛍」ら煙に巻かれる     大瀧保さん選
 
 実は元歌は少し違います。選者の先生が手直しして下さったようです。俗人の愛煙家が俗語を並べただけでとても綺麗な歌とは言えません。 お目汚しご容赦ください。

2018年8月16日 (木)

言葉を大切に 慣用句の逆襲

  雨の谿間(たにま)の小学校の桜花昭和一けたなみだぐましも     岡井隆『マニエリスムの旅』
 「昭和一けた」も詩語としては思い切った用法です。俗語というべきですが、これが歌の中に定着するのはなかなかむずかしい。しかも「なみだぐましも」などと、これまた俗な感想で一首をまとめています。これがしかし愛誦性と懐かしさを感じさせるのは、上句の畳みかけるようなリズムが、与って大きな力を発揮しているのでしょう。
慣用句は、それに乗っかってしまっては駄目である。その慣用的な使われかたにあえて挑戦してみる。それをうまく逆用できたときは、思わぬインパクトを発揮することがある。
 慣用句は避けるべきです。まずそれが大切です。しかし、避けるべきだからこそ、それでもうまく逆用できたときは、思わぬインパクトを発揮することもある。慣用句は、それに乗っかってしまっては駄目なのです。その慣用的な使われかたに、あえて挑戦してみる。そこにしか意味はありません。満を持して(おっと、これも!)、思い切った慣用句の傑作をものにしてみるのも歌作りの醍醐味かもしれません。
                 - 永田和宏著 作歌のヒント -

 本著作者が言っている通り、リズムって大事だと思います。慣用句やくさい台詞は、よく歌の詞にも聞く事ですが、聞き慣れた言葉であってもリズムやメロディーが違うと表現されている世界も違ったものになることがあります。
 慣用句の羅列でも歌が出来てしまうでしょうが、それだけではつまらない。
 以前、ここでも述べた事がありますが、穂村弘さんの「歌は言葉の足し算引き算だけではなく、掛け算にならなければならない・・・」。この言葉を今一度深く考えてみたいと思います。

2018年8月 6日 (月)

言葉を大切に 慣用句の逆襲

   つねに敗者の立場に立ちし言説をいやしきものとこの頃おもう     小高 賢『家長』
 上句「敗者の立場に立ち」もある意味では慣用的な用法です。勝者や敗者の立場に立つ、などと言っても、そんな実際の「場」があるわけではありませんが、それでもなんとなく納得するのは、慣用として定着しているからでしょう。自分を敗者の側に置いて、そこから恨みや僻みを底に潜ませた主張や言説をする。一見、無理からぬそのような言説に対する素直な疑義を呈している歌です。大切なところは、そのような立場を攻撃しているのではなく、かつては共感し、同情していたそのような物言いいを、「いやしきものとこの頃おもう」ようになってきた〈我〉というものに対する思いを述べているところにあります。
   歌はただ此の世の外の五位の声端的にいま結語を言へば     岡井 隆『鵞卵亭』
 むずかしい歌ですが、「端的にいま結語を言へば」というフレーズのインパクト、これがすべてであると言ってもいいかもしれません。この「端的に・・・・・言えば」という慣用的用法が、少しも「端的」ではない。結句のあとの、深い淵に立ちながら読者は途方に暮れて(おっと、これも慣用句!)しまうほかないのです。そこがこの歌のおもしろさでもある。
           - 永田和宏著 作家のヒント -
 今日2018年8月6日は、昨日からの大雨に因り最上川の氾濫警報が出ていました。現在、午後3時20分、各種警報が解除されてきています。
 ひと安心したところで、2015年秋のNHKラジオ、『歌の日曜散歩』の投稿採用の紹介です。お題は、和田弘とマヒナスターズと田代美代子さんが歌った【愛して愛して愛しちゃったのよ】の一節「♪あなただけを生命(いのち)をかけて」の歌詞の前に付け加わるエピソード。
〇貯金も財産も残してやれねぇさげぇ、生命保険の受取人は、かがあ、おめぇださげの。♪あなただけを生命をかけて~♪
 わが街酒田市出身の詩人:吉野弘さんが「生命保険にはいるということは、死ぬことが約束されたようなもの」言っていた事が頭に浮かびました。

2018年7月31日 (火)

第三章 言葉を大切に   慣用句の逆襲

 慣用句とは、「二つ以上の単語が必ず同じような結びつきかたをし、全体が固定した意味を表すようになったもの」と定義されます。慣用句、紋切り型、ことわざはそれぞれ違うもので、ここでその違いを言いはじめると枚数が足りませんが、ここではそれらを一緒くたに考えることにしておいて、たとえば岡井隆のつぎのような一首のおもしろさは、紋切り型の逆用にあることは確かでしょう。
  きのうの敵は今日もなお敵 頬(ほ)をはしる水いたきまで頬を奔らしむ     岡井隆『朝狩』
  「昨日の敵は今日の友」あるいは「昨日の友は今日のあだ」などとも言ったりしますが、いつも味方であったり、永遠に敵であったりする友人などはないのだヨ、というのが、その通常の意味。
 そんな固定概念を、岡井隆は逆用してみせた。いやいや、昨日敵であった奴は、やっぱり今日も敵なんだ、と苦い思いを嚙みもどしながら、顔を洗っている。そのはずし方、そこに井上ひさしの言う「ものの見方を変えようと努力する者たち」としての、歌人の意味はあるのでしょう。
   - 以上、 永井和宏著 『作歌のヒント』 から -

 私は、慣用句の逆説的使い方が好きな方です。以前、NHKラジオの短歌番組でMC兼選者やっていた だいたひかるさんから「ヤマちゃんのクスッと笑える短歌が好物でした」と言って頂いた事もあります。でも、これを逆説的にいえば「なんじゃ、この大喜利短歌」は・・・ということでしょうか?
 これもNHKラジオ『歌の日曜散歩』うたわらストーリーから、お題は、松山千春さんが歌った【君を忘れない】の一節、「♪やがて わかるから~」の前に付け加わる"あなたのエピソード"です。
・新卒入社した娘が半年の研修期間を終えた。慣れてきただけに仕事の難しさや悩みも出てくるだろう。でも、仕事とは自分だけのものではなく社会の為になっている。長く続けてさえいれば、♪やがて わかるから~♪
 これは、2015年9月15日放送で、丁度、長女のことと重ね合わせる事が出来ました。私にしては、真面目な文章ですね。(*≧m≦*)
 

2018年7月13日 (金)

第三章 言葉を大切に  慣用句の逆襲

  短歌で慣用句は禁物。どの入門書でも繰り返し言われている基本中の基本でしょう。
 だいたい、仕事をやめてから歌を始めた男たちにもっとも多い病弊がこの慣用句の多用であると独善的に思っている。男社会は慣用句の世界であり、世に流通している、誰もが認める表現で用を足している。その方が効率的で安全である。そんな男社会(村社会といってもいいかもしれない)にどっぷり浸かってきた男たちが、歌を作りはじめたとして、なかなか慣用句の呪縛から抜けられないとしても無理のない事でしょう。
 大野晋、丸谷才一、大岡信、井上ひさしが共同で読者の質問に答える『日本語相談』という本がある。その中で、井上ひさしが「紋切型をどう思いますか」という質問に面白い回答をしています。「正直に申しますと、すくなくとも私は紋切型表現の支持者の一人です」と言い、
〈日常生活における〉紋切型表現の信用性を説いていますが、その最後に次のような発言がみられます。
-こういう強固な約束事で縛られて固定しかかっている人々のものの見方を変えようと努力する者たちがいます。その代表がいわゆる文学者たちで、コトバは社会の約束事でもあるという大原則をあくまで尊びながら、新しい約束事=紋切型を作りだそうと苦心しているのです。そのためのは、古くて、強くて、固定しつつある紋切型が出来るだけ多くあった方がいい。その方が仕事はしがいがある。私はそのように考えています。-
     ・ ・ ・ 以上 永田和宏著 『作歌のヒント』から ・ ・ ・

 紋切型とか定型文、私も使いがちです。ところが、憶えている語彙数が少ないため歌や文章を作ると何首、何編書いても似たようなものになりがちで反省点のひとつです。

 2015年8月30日放送分採用 『歌の日曜散歩・うたわらストーリー』から、研ナオコさんが歌った【夏をあきらめて】の一節、「♪言葉もないままに あきらめの夏~」 この歌詞の前に付け加わるエピソード
〇このお盆休みは久しぶりに4日間とまとまったものだから禁煙に挑戦してみた。ところが暇を持て余して煙草に火をつけて紫煙を眺めていた。 ♪あきらめの夏~

 あらっ、これもまたどこかで見たような文章ですね。

2018年6月22日 (金)

一字の重さ -助詞・助動詞-

 破調の項でも述べましたが、あえて読み辛い破調にすることによって、その部分が読者の意識に強調され、印象が強くなる場合もあります。乱用は困りものですが、あくまで定型を意識したうえで、あえて為す破調の効果ということをも考えてみたいものです。
 歌はわずか三十一文字。一字が命取りになることが多いのです。むしろその方が圧倒的だと言ってもいい。提出する前には、何度も口の端に乗せてみる。読みやすいだけでなく、耳で聞いた時のイメージの立ちあがり方、読者の目で辿った時の言葉の浮き上がり方、さまざまのことを一瞬のうちに考えながら、言葉を斡旋していくのが作歌というものなのでしょう。

             - 永田和宏著 『作歌のヒント』 -

 ようやく、第三章 言葉を大切に の 一字の重さ の項を終えました。何年がかり?自己満の世界です。
 言い訳に続いて、これも古くて申し訳ありませんが 2015年7月15日放送『歌の日曜散歩・うたわらドン』で採用されたものの紹介です。「皆の自虐ネタ ヒロシさんが紹介しちゃうよ。スペシャル」で、お題はヒロシさんにならって「○○(名前)です。からはじまり、ご自身の地域の言葉(方言)で述べる。というものでした。それでは・・・

・ヤマです。チャバレーだでら、デスコだでらで、おなごさ声かげで、電話番号聞いたれば、名刺の裏やメモ帳に書いて渡されたのは、いっづも局番適当、末尾は5963(ごくろうさん)だったけ。オラのしゃべちょ退屈だんたんだべか?・

 短歌テキストもNHK投稿採用作も古くて申し訳ない上に月刊みたいなブログですが、お付き合い頂ければ幸いです。

2018年6月12日 (火)

一字の重さ - 助詞・助動詞

 しかも、「小さき活字を」とやると第五句は第四句に吸収されてしまいます。その結果、一首の力が急に弱くなってしまう。ただ読んだだけということだけしか残像として残らず、「何を」という大切なものが意識の表層から隠れてしまいます。「小さき活字」と「を」省くと、結句が倒置法として独立して、「小さき活字」のイメージが立ち上がり、印象が強くなるのです。
 これは「を」を省いたほうがいい例でしたが、次の一首はどうでしょうか。
   黒潮の流るる海の彼方より海を持ち上げてのぼる太陽      黄 得龍

助詞の「て」や「を」。これら助詞一字を入れるか、省略するかという判断は、文法的に正しいかどうかということだけでは決められない。

 「京都新聞」の歌壇で私が選をしている中の一首。「海を持ち上げてのぼる太陽」の「を」はどうでしょうか。「海持ち上げてのぼる太陽」とした方が破調にならず読みやすい。しかし、私は、あへて「を」を入れて破調にしたことによって、のぼる太陽の力強さがぐんと出たと思い、そのように寸評に書きました。

     - 以上、『作歌のヒント』 永田和宏著 -

2018年5月24日 (木)

一字の重さ―助詞・助動詞

  君が賜びし夏目漱石一冊を雨の日に読む小さな活字を
 
 もう一度「NHK歌壇」で私が添削した一例。私が直したのは、一字だけ。結句の「を」を削った。「君が賜びし夏目漱石一冊を雨の日に読む小さな活字」、初出の方が丁寧な表現ですが「雨の日に読む」の第四句を受け「活字」はその目的語ですから「を」という目的語を表わす助詞を付ける方が文法的には正しい。しかし、文法上で正しいことと読んで煩わしいということとは別です。
          - 以上、永田和宏著『作歌のヒント』 -

 今朝の新聞で夏目漱石、ドイツ留学のおり日本の友人に出した葉書が紹介されていました。偶然にも短歌に夏目漱石が出て来て良かったです。
 
 以下、もう、随分前のNHK第一『歌の日曜散歩』うたわらドン!・「みんなの自虐ネタ。ヒロシさんが紹介しちゃうよ。スペシャル」で採用されたものです。条件は「〇〇(名前)です。」から始まり、ご自身の地域言葉(方言)で、、、

「ヤマです。チャバレーだでら、デスコだでらにいるおなごさ声かげで電話番号聞いたれば、名刺の裏や紙ナプキンの裏さ書いて渡されたんは、局番適当の5963(ごくろさん)なんだやの。でって、まんず、オラのしゃべちょ退屈だったんだべか?」

 当時の放送を思いかえすと、ヒロシさんも読みにくそうでした。(o^-^o)

2018年5月22日 (火)

お久しぶりです

 二年余りご無沙汰しておりましたブログを再開させて頂きます。
中断していた理由は、知り合いのエッセイストが取り掛かった新作の資料集めの協力に忙殺されていたこともあります。
 著者である黒羽根洋司氏からは新作の御恵贈をいただいた上、本の誕生にあたっては「共に戦った仲間」とのお言葉も頂戴しました。黒羽根氏は、これまでも数冊のエッセイを出版しておりますが、身びいきかもしれませんが、この本が一番出来がいいと思います。
Dsc_0019内容は、錚々たる6人の作家の妻となった山形県庄内地方出身の7人の女性と、閨秀作家:田沢稲舟、文学少女で詩人:菊池リウの評伝です。
興味の持たれた方は、インターネット販売も出来ますので、タイトル『庄内の女たち』で検索しご購入頂ければ幸いです。
 今回は、私が陰ながら関わった本の紹介だけとなりましたが、次回から、また、短歌とNHKラジオ第一の話題を中心にブログをアップしたいと思います。

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