人生の肉声に迫る-斎藤茂吉短歌文学賞を受賞して- 篠 弘さん
篠 弘さんの新聞寄稿の紹介は今日で終わりそうです。例によって〈 〉内が新聞の本文になっています。
〈・ わが生はかくのごとくけむおのがため納豆買ひて帰るゆふぐれ
誰からも干渉されない老いの気楽さで、人生に対する過剰な思い込みが無くなる。
・ わが色欲いまだ徹かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけり
色欲もあった時代を慈しむ歌。いまや病床に伏せながらも、恋人の住む渋谷へ向かった、かの臨場感を如実に楽しむかのようだ。
この「つきかげ」が好評なのは、読者が高齢化して、茂吉の老境が身近に感じられるようになった、その変容ばかりではない。
茂吉が綺麗事ではない、平俗な素材や物言いを取り込み、微苦笑を誘うという、ユーモラスな領域が拡げられたからである。それにともなって、諧謔ばかりではない、内面的な祈り、怒り、諦め、僻みなど、とかく詠み難かった老いの心境詠が熟成したからにほかならない。その事実に気づいてほしい。 (歌人、日本文芸家協会理事長) 〉
篠さんの寄稿文を読み返すと、詠み手の飾らない心境や言葉が読む人に共感や感動を与える事が出来る。と解釈できそうです。
自分が短歌を詠む際にありがちなのですが、自分の気持ちに執着し過ぎるあまり、「そうですか、だから何なの」と言われそうな作品が多いようです。まだまだ修行が足りません。
ブログとは言い難い此の度の新聞転載シリーズにお付き合い頂きありがとうございました。サンクス♪(o ̄∇ ̄)/

